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2016年 06月 06日

『訪問者』の ”神さまがきた話” の家の中の子ども

40年ぶりに萩尾望都さんの「ポーの一族」の最新作を読んで、
いろいろ読み返しています。

この「訪問者」は「トーマの心臓」に登場したオスカーの物語。





とびきり大好きな話、よくぞ描いてくれました。
「トーマの心臓」でざっと触れているオスカーの子供時代が描かれています。

4年生のオスカー、物語がはじまってすぐ、父のグスタフと狩りに行きますが、
その時の ”神さまがきた話” がオスカーをめぐる話の要になっています。

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あるとき……雪の上に足跡を残して神さまがきた
そして 森の動物をたくさん殺している 狩人に会った
「おまえの家は?」と 神さまは言った
「あそこです」と 狩人は答えた
「ではそこへ行こう」裁きをおこなうために

神さまが 家に行くと 家の中に みどり児が眠っていた……

それで 神さまは 裁くのをやめて きた道を 帰っていった

そしてグスタフはいいます。
ごらん……
丘の雪の上に 足跡を さがせるかい? オスカー

冬ごとにオスカーは足跡をさがすのです。

そして、事件がおこります。
本当の父親でないグスタフは、ヘラ(妻)を殺してしまいます。
事故として扱われますが、オスカーはパパがママを殺したことをわかっています。
グスタフに疑いをむける刑事が家にやってきたときオスカーは刑事にいいます。

たとえあなたが 裁きをおこなえる神さまでも 子どものいる家にきては いけないんだよ

放浪癖のあるパパと凍る海を見に出かけ、そのまま旅にでたふたり。
さながらロードムービーをみているよう。

季節が巡り、一緒に旅をしていたパパの犬が死んでしまうと、
オスカーはパパが自分の元に帰ってくる理由がないことを恐れ、
ベッドに胎児のようにうずくまり祈ります、

パパを苦しめないでください
ママ パパを許してください 
おねがいです  

おねがいです

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ほとんど左目が見えないグスタフは、オスカーに寄宿学校を勧めます。
校長はヘラと大学時代の友人でもあるミュラー(実の父親)。
話を切り出され冷静なふりをするものの、捨てられる、との思いを強くしたオスカー。
弱い父親を目の当たりにして、”神さまのきた話” に回帰します。

……パパ
ーーパパにとって
雪の上を 歩いてくる 神さまは 
それは ぼくの顔をしていたの?

あなたを裁きに訪れた人は
ぼくなの?
あなたには じゃあ

ぼくの なりたかったものが わからなかったんだね
ぼくは……そう
なれなかったんだね

季節は5月、旅に出て1年あまり。
グスタフに、何年もまってていいね? と。

彼と別れたあとのオスカーは泣きます。
そして傍らにはユリスモールが優しく寄り添っています。

ーーぼくはいつもーー
たいせつなものになりたかった
彼の 家の中に住む 許される 子どもに なりたかった
ーーほんとうに
ーー家の中の子どもになりたかったのだーー


この ”神さまかきた話” はまったくの創作なのだそうです。
聖書にでもありそうですが。
持っている昭和56年の大きめの単行本のあとがきに
友人であり漫画家のささやななえが書いています。
ご本人は「あれは、デッチアゲよ」と。
いかにも本当らしく見せるかというかということでも、
作家の力量がわかる、と結んでいますが、
まったくそのとおりなのです。
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右が35年前の本、左が「フラワーズ」の付録


当時(10代の頃)やたらと切なくて、ショックで、感動して、
そして「訪問者」の意味するところ、
訪れる人は許す人であってほしいのです。

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オスカーとユーリ
「トーマ〜」へと続く美しいワンシーン


15歳のオスカーがとにかく魅力的


#660 引っ張り出した昭和50年代のマンガは変色しており、紙質も今ほどよくなかったんでしょうね、歳月を感じます

萩尾望都さんが浦沢直樹の漫勉に出演したときの記事


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by hiyoriya1410 | 2016-06-06 18:06 | 身辺雑想 | Comments(0)


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