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2018年 02月 23日

『母脳 母と子のための脳科学』と子育て

黒川伊保子さんは十数年前、著書を通じてその子育ての様子をブログで拝見していました。

わが家の息子と6歳ほど違いますが、同じ男の子。

子育てについてうなずいたり、感心したり。
1冊にまとまって読めます。




以前、黒川さんの子育てのブログを読んで最も共感したのが、「送り出す」こと。

彼女のエピソードで高校生の息子さんが、自転車で一人旅にでる、それを送り出しワンワン泣いた、
というようなことを読んだことがあります。
いつか目の届かない守ってやれない時がくるのだ(当たり前なんですけれど)と思ったものです。

幸い大学へ行くのに自宅を離れた息子を送り出す時には、不思議に感傷的にならずにすみました。
(それ以前、13くらいの頃、一緒にでかけた時に見失ってパニックになったこともあるんですけれど…本屋で立ち読みしてました)

子育ては最高におもしろい!は実感です。
ひとりだけだったのが残念なくらいですが、十分楽しめました。

子育ては終わりますが息子であることには変わりなく、どの年代になってもおもしろい子だな~と思えるところがおもしろい!


黒川さんの本。以前紹介した本はこちら。


#647 久しぶりに作ったミートソースで簡単ライスグラタンの晩ごはん
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by hiyoriya1410 | 2018-02-23 21:12 | 身辺雑想 | Comments(0)
2018年 02月 13日

石牟礼道子さんと『苦海浄土』

2月10日、石牟礼道さんが亡くなりました。


『苦海浄土』。
ずっと関心がありながら近づけないものでした。



2016年にEテレ【100分で名著】で取り上げられ4回の番組をみました。

その番組で朗読していてた文(以下引用)を聞いて、なぜか涙がでてきたものです。

「きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、わが身縛っておりましたが、見るのも辛うて。
  それがあなた、死にました年でしたが、桜の花の散ります頃に。私がちょっと留守しとりましたら、縁側に転げ出て、縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。たまがって駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらば拾うとしよりましたです。曲がった指で地面ににじりつけて、肘から血ぃ出して、
『おかしゃん、はなば』ちゅうて、花びらば指すとですもんね。花もあなた、かわいそうに、地面ににじりつけられて。
  何の恨みも言わじゃった嫁入り前の娘が、たった一枚の桜の花びらば拾うのが、望みでした。それであなたにお願いですが、文ば、チッソの方々に、書いて下さいませんか。いや、世間の方々に。桜の時期に、花びら一枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいませんでしょうか。花の供養に」
(「花の文をー寄る辺なき魂の祈り」『中央公論』2013年1月号)


本そのものを読まずに、(きっと読んでも)なにも語ることなどできないのですけれども、
そしてやはり『苦海浄土』は「読めない」本なのかもしれません。

この時の番組の解説をしていたのは、批評家の若松英輔さんです。
彼が、こんなことをテキストに書いています。

私たちは必ずしもこの作品を読み通す必要はありません。「読めない」のは、そこで立ち止まらなくてはならないからです。読書は旅です。むしろ読み通すことのできない本に出合うことこそ喜びなのではないかと思います。「読めない」というのはじつに深遠な言葉との交わりであり、また豊穣な芸術の、あるいは人生の経験であることを忘れないでいただきたいと思います。



立ち止まる理由を自分ではわかっている気がします。

ご冥福をお祈りいたします。


#648 軽い小さな雪がたくさんふってきます
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by hiyoriya1410 | 2018-02-13 21:03 | 読書のまわり | Comments(0)
2017年 12月 24日

クリスマスツリーと『人生論ノート』と「日和やのだいどころ」

わが家のクリスマスツリーはミニサイズ。

ドイツRS GLOBAL TRADE社の壁掛け式ツリーです。
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絵本の店「星の子」で見つけて一目ぼれ。
天使のオーナメントのほか、いくつかこちらで選びました。
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クリスマスはもちろんですが、お正月も門松として部屋の飾りにしています。

お正月バージョンは枝を少したたみます。



本物のもみの木のようにつくられています。



三木清の『人生論ノート』は、「死」からはじまります。

まだきちんと読んでいません。
23のテーマについて書かれています。

「死」「幸福」「懐疑」「習慣」「虚栄」「名誉心」「怒」「人間の条件」「孤独」「嫉妬」
「成功」「瞑想」「噂」「利己主義」「健康」「秩序」「感傷」「仮説」「偽善」「娯楽」
「希望」「旅」「個性」

非業の死を遂げた著者のなりゆきを知って、やりたいことはやろう、と思えたのです。


そんなわけで、漠然とやってみたいと思っていたお店をやろうと思います。

自宅を改装して、高加水パン、甘酒、ヨーグルトなど発酵ものを提供するお店。

こちらに経過を綴っています。




#662 有馬記念「キタサンブラック」の圧倒勝利。騎手の武豊さんの馬上のフォーム・姿勢の美しさに驚嘆、スゴイ…


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by hiyoriya1410 | 2017-12-24 15:42 | 身辺雑感 | Comments(0)
2017年 12月 18日

『奇跡のリンゴ』とリンゴ

2013年にでた本です。
不可能といわれた完全無農薬栽培でリンゴをつくったノンフィクション。

NHKをはじめ多くのメディアで注目を集めました。

やはり、スゴイです。




友人のMさんがそのゆかりのリンゴをプレゼントしてくれました。

青森津軽の夏堀農園のもの。


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Mさんはこだわりの調味料や雑貨を扱うお店をやっています。

喜界島の砂糖やひしわの紅茶をこちらで買っています。


リンゴですが、切り口が酸化しません。

Mさんのブログで1年前のリンゴが腐らず枯れていく写真がありました。

自然の力は偉大です。

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#663 ひさしぶりにストーブで焼き芋。アルミホイルに包んで40分。シナノスイートは色鮮やか 



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by hiyoriya1410 | 2017-12-18 23:20 | 身辺雑感 | Comments(0)
2017年 10月 27日

カリフラワーのスープと『スープの手ほどき』

秋はスープが美味しい。

カリフラワーが買ってあったので、スープにしました。

この頃ちょっと野菜不足かも…

といっても、カリフラワーだけで作ったのであまり野菜不足解消にはなっていません。

でも、飲みたいので作ります。

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① カリフラワーは適当に切って鍋に、水をかぶるくらい入れる

② 塩麹を小さじ1~2(適量)ふり、やや弱火で柔らかくなるまで煮る

③ 柔らかくなったら火からおろし、豆乳とみそを大さじ1~2入れ、バーミックスで攪拌する

④ 火にかけ温める

⑤ 器に入れ、オートミールを散らす


いたって簡単。

玉ねぎ(もしくは長ネギ)やジャガイモを一緒に入れ、とろみの強いポタージュにしたことも。




辰巳芳子さんの『スープの手ほどき』が新書版になっていました。

食とスープの大切さ、を教えていただいた人です。


今回のカリフラワーのスープはさらっとしていますが、とろみがあるスープの方が喉に詰まらせにくい、というのは、いただくとわかりますね。

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ぽったり、かぼちゃのポタージュ


先日作ったカボチャのポタージュはまさに食べるスープ。

美味しくてすぐに、また作ってしまった。

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こちらはサラっと、カボチャのスープ


#672 きょうの朝の空、雲が…見事!

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by hiyoriya1410 | 2017-10-27 23:42 | 食のまわり | Comments(0)
2017年 10月 04日

タクシーと【楽天ジャパンオープン】テニス

テニスATP500楽天ジャパンオープン2017の観戦に10月3-4日と行きました。

今年は日本のエース、錦織圭選手は不在。
ですが平日にもかかわらず大勢の人で賑わっていました。
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センターコートを離れて会場内をうろうろしていると、
練習中の選手をみれたり、練習後の選手が引き上げるカートに出くわします。

今回は、

チリッチ、
ゴファン、
シモン、
カルロビッチ、
マナリノ、
シチパス
ティーム
綿貫くん

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練習中のチリッチ


試合とは別の表情を垣間見ることができる、
会場へ行ったからこその醍醐味かもしれません。
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将来が楽しみな綿貫選手

毎年、2-3日目の試合数の多い時に観戦しています。
ヨネックスのミニテニスにコートでテニスしてみたり、
サーブのスピードを測って見たり、
来年改修される有明コロシアムの歴史を展示するスペースを見学したり、
楽しみました。

今年は、ラオニッチかゴファンに優勝してほしい、
なんて妹と話しながら会場を後にしました。

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かなりくたびれて新幹線を降り立ったのが21:40頃。

駅までの行き帰りはタクシーに乗りますが、
乗り込んだタクシーがそれは心地よいものでした。

座席のシートの白いカバーは真っ白でシワひとつなく、
ガラス窓は透明でなきが如く、
無駄な臭いひとつすることなく、
ドアやダッシュボードなどチリひとつ見られず、
うしろトランクも余計なものは一切なくきれい、
足元も汚れなし

完璧です。

きれいな車です、というと

気持ちよく乗っていただくのが仕事ですから

と、プロですね。

S互タクシーでした。毎回指名したいよね、と。

疲れも和らぐ帰り道となりました。


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泊まったホテルから、川が見える部屋


#675 東京駅でもみる月も中々。5日が満月


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by hiyoriya1410 | 2017-10-04 23:23 | 身辺雑感 | Comments(0)
2017年 01月 02日

手塚治虫のブッダと『真理の探究 仏教と理論物理学の対話』(くらし部門)

新年おめでとうございます。

新しい年があけました。
大晦日は年越しの鮭をいただきました。

以前(25年程前?)雑誌『サライ』の特集で
東日本の年取り魚は「鮭(サケ)」
西日本の年取り魚は「鰤(ブリ)」
と別れていることを知りました。

日本の本州中央、ホォッサマグナを境に
風習が分かれているようです。

魚の保存方法が限られていた時代、
立派な外見を備えていたのが、
鮭と鰤だったようですね。

新潟は特に村上の鮭が有名です。
子どもの頃は年末に新巻き鮭が届いて
それをさばいていました。

糸魚川・静岡構造線は
食べ物や文化・風習、言語など
様々なものの境界でもあります。

食なら、
出しの色、味噌(味)の違い
ウナギの開き方(背と腹)
お餅の形(丸と四角)
肉じゃがの肉(牛肉と豚肉
いなりずしの形(三角と長方形)

珍しいところでは、
エスカレーターの立ち位置が東と西では逆なんだとか。


自然の地形が文化や生活に大きな影響を及ぼしているのは
とても面白いです。

そういえば、三月の節句雛人形の位置も逆になりますね。
どっちもアリ、なんです。

日本は懐が実は広い。



新年初の本はこちら。

副題に「仏教と宇宙物理学の対話」とあります。

理論物理学者の大栗博司先生と
仏教学者の佐々木閑先生が
ご専門の講演と
それぞれの分野について質問する対話を
まとめたものです。

2016年に名古屋・中日文化センターの開設50周年記念講座で
おふたりの対談が企画され書籍化されたものです。


【以下裏表紙の紹介文】

人生に生きる意味はない。

大いなる叡智が告げる、この世界の真実

心の働きを微細に観察し、人間の真理を追究した釈迦の仏教。
自然法則の発見を通して、宇宙の真理を追究した近代科学。

アプローチこそ違うが、この世の真理を求めて両者が到達したのは、

「人生の目的はあらかじめ与えられているものでなく、 そもそも生きることに意味はない」

という結論だった。

そのような世界で、人はどうしたら絶望せずに生きられるのか。
なぜ物事を正しく見ることが必要なのか。

当代一流の仏教学者と物理学者が、
古代釈迦の教えから最先端の科学まで縦横無尽に語り尽くす。


仏教と物理学、
共通点がなさそうですが、
佐々木先生は京都大学工学部から転科して仏教学をされています。

P96-97のアビダルマによる「この世」の構成要素(七十五法)は
佐々木先生がおっしゃるように、素粒子の一覧表のようです。

そもそも仏教徒は何か、では

1 超越者の存在を認めず、現象世界を法則性によって説明すること
2 努力の領域を肉体ではなく精神に限定すること
3 修行のシステムとして、出家者による集団生活体制(サンガ)をとり、
一般社会の余りものをもらうことによって生計をたてること

釈迦の教えから遠く離れたて出来上がった、
日本の仏教の不思議。(日本だけではないが)

修行システムとしてのサンガを導入できなかった日本の仏教。

自分の煩悩を修行によって消そうとする、消極的な仏教。
(キリスト教やイスラム教は広めようとしている)

佐々木先生のいう釈迦を聞いていると
手塚治虫の『ブッダ』が重い浮かびました。



王族の出だったからこそ
老病死について思い悩んだことだった、
というのはうなずけます。

食べるのに困る、生きていくのに困る
立場ではありませんから。

手塚治虫は釈迦の仏教を深く理解していたのだと、
この本を読んで、あらためて思いました。

大栗先生の仏教に関する発言は
いつもの著書とは趣が違って興味深く読めました。

仏教には神という絶対者が存在しない
煩悩のいちばん原因は、自分中心の誤った世界観
神秘性ゼロの哲学「アビダルマ」の世界観
時間とは「刹那」の単位で変化する現象の積み重ね
釈迦の仏教は利己的か
俗な心で人助けしてはいけない
般若心経はアビダルマを全否定
アビダルマに見る「物事を科学的に見ようとする姿勢」
生きる辛さは自分の知恵で解消しろ
自然の科学的理解とは神の設計図を正しく見ることが必要
生きる意味を自ら見つけることの喜びと困難

どきっとする見出しが並びます。

年初なので幸福について印象に残った部分を。

自分で目的をつくる人生がいちばん幸福だと思います。(佐々木先生)p186

自分の好きなことをやった結果、それが人類にとって意味のあるものだと気づいた。
こんなに素敵な人生はないと思うんですね。(佐々木先生)p186

生きている、存在していると感じることは、すなわち意識があるということです。
意識が情報処理の主体として脳が想定したモデルだとすると、
その機能は、語幹からの情報を分析して、世界をよりよく理解するということです。
よりよく見てよりよく考えることが、意識の機能を発揮することであり、
それこそが人間にとっての幸福であると思います。(大栗先生)p192


釈迦と物理学が教える「世界の正しい見方」を
指示している本です。


久しぶりに『ブッダ』も読みたくなりました。



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#600 初詣に行きました。天気雨で虹



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by hiyoriya1410 | 2017-01-02 16:42 | 暮らしと科学 | Comments(0)
2016年 11月 23日

『一汁一菜でよいという提案』とお味噌のおむすび

土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』は、
面白くて一気に読みました。


これ以上ない具体的な提案をタイトルにしながら
日本の食文化について、深く考えられた
とてもすてきな本です。

読み終えて日本に生まれてよかった、
と思えました。

目から鱗のこともたくさん。

例えば、
食事。食べること、と思いがちですが、
食にまつわる日々の営みが「食(の)事」であり、
買い物〜下ごしらえ〜調理〜お料理〜食べる〜片付ける〜
サイクルとなっている、それが食事なのだと。

ハレとケの料理。ハレの料理が神様への献上品であることが、
手間をかけることをいとわない、
ケの料理としての日常の一汁一菜、はまさに手間をかけない料理。

モッタイナイ、和食が芯を食する料理でもあること。

よく手を洗う、清潔、きれい、澄む、
縄文から続く清らかさを持ち合わせていた日本人。

土井先生のような方が「一汁一菜でよい』と言ってくださることが
何よりうれしい。

提案されている具沢山のお味噌汁、
出汁を使わずとも本当に美味しくできますね。

来年春、自炊をはじめるハチにも
この本を送りたい。
実践してくれたらそれだけで安心できそうです。

「和食を初期化する」という項目で
懐かしい時代が語られています。

ワタシにとって「ごはん、そしてお味噌」といえば、
お味噌のおむすびです。
小学生の頃、学校から戻るとお腹が減って
母に言うと丸いおむすびを作ってくれて、
戸棚の味噌甕に手を入れて、チョチョイと
おむすびにつけて、おやつにしていたのです。

今は手前味噌を、もっぱら焼きおにぎりにして
食べていますが、今度まんまのおむすびを作ってみましょう。

土井善晴さんのこちらの本も。

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どちらかが一つの株だと言うのでびっくり、両手に抱えるほどの大きさ
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#613 知人の家の菊の鉢が見事。蜂がその匂いに引き寄せられてすごい数に驚き、菊がこんなに香る花だったとは

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by hiyoriya1410 | 2016-11-23 12:09 | 身辺雑想 | Comments(0)
2016年 05月 10日

『たどたどしく声に出して読む歎異抄』の"ひとえに親鸞一人がためなりけり"

軽いショックを受けました。



親鸞一人がため
阿弥陀の長い間考えた願(教え)を親鸞は自分のためだけ、と言い切っています。
驚きもあるけれど、わからなくもない。(どのくらいわかっているのかは別にして)

時に、
この物語は私のために書かれたのでは、
この歌は私のことを歌っているのでは、
この絵は私に見せるために描かれたのでは、
このコト、モノは私の待ち望んでいたそのものでは、
と、いうようなことは誰しも少なからず経験していることではないでしょうか。

この本は「歎異抄」の現代語訳。
親鸞が"おれ"で語られます。

古文における"おれ"がどのように表せるのか、
でも、この"おれ"を名のる親鸞の現代語訳が、
より近しいものに思えています。

伊藤さんは詩人。
訳された文章のひらがなやカタカナ、漢字の使い方が独特です。
本のタイトルにあるように、
声に出して読むような文章です。
親鸞も声に出していたわけです。
不思議と読んでいると、声に出してみたくなります。

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18条からなる「歎異抄」、
声に出したくなるところを、いくつか。
本当は抜粋したら意味ないでしょうが。

第1条
アミダのお誓いの前では
老いも若いも善も悪もない。
人をえらばない。
ただおまかせする心さえあればいいのだ。

親鸞思想の最大の逆説ともいえる悪人正機説、
善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや』の第3条。
何もかもおまかせする』という考えからするとまちがいなのだ。
なぜかというと、自分の力で善い行いのできる人は
アミダにおまかせしようという気持ちに欠けるから
お誓いの力がおよばない。
だから、アミダにおまかせするしかない悪人は
浄土にいちばんちかいところにいる。
善人だって浄土にうまれかわることができるんだから
ましてや悪人にそれができないわけないじゃないか」と。

第5条
おれは
親の供養のために念仏をとなえたことはいっぺんもないよ。

第7条は全文
「念仏は、さえぎられることのない一本道だ。
なぜなら、
すっかりおまかせして念仏をとなえるもののは
天の神も地の神もしたがうし
魔物も
仏道を信じない輩も
たちふさがることはない。
悪いことをしたって
報いがあるぞなんて考えなくていいんだし
どんな善いことをしたところで
念仏にまさる善なんてどこにもーないからだ」と。

第9条
苦しみだらけの
この浮世は捨てがたいのに
まだ生まれたことのない浄土は恋しくない。
おどりあがりたいほどうれしかったり
急いで浄土へ行きたがったりするのは
迷いの心がないってことかもしれない。
そしたらかえってまずいことかもしれないよ」と。

第9条までは「〇〇」と。
聞き伝えのパターンで書かれています。

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第10条
念仏は
『わからない』のが『わかる』ということだ。
『口ではほめられない』
『口では説明できない』
『頭で考えられない』のが
その本質だからだよ」とお聖人はおっしゃいました。
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後半は、
文字が読めない人が念仏をとなえる不思議(11)、
勉強しない連中は浄土に生まれるか(12)、
悪をおそれぬふるまい(13)、
念仏で重罪をけせる(14)、
迷いを抱えていてもさとりをひらける(15)、
悪を絶ち善をおさめなければならないか(16)、
浄土でも隅の方は地獄におちるか(17)、
寄付の多い少ないで、大きい仏、小さい仏になるのか(18)、
それぞれの説に答えています。
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「歎異抄」は親鸞の教えが間違って伝えられていることを、
嘆いて、唯円が書いたもの(とされる)。

目次を見ると「和讃」「親鸞書簡」「恵信尼書簡」「正信念仏偈」の現代語訳、
その合間に「旅」と題された2ページの文が収まっています。

伊藤さんは、大正生まれの父親が死に後れている様子から、
見ている自分が変わりに死について考えようとした、
と歎異抄に触れるきっかけを書いています。

昭和9年生まれのワタシの父も同じような時を迎えています。
法華宗のお経を称える人です。
この本を父に読んで聞かせたい、
と思いました。

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#669 伊藤さんは「良いおっぱい悪いおっぱい」で、育児エッセイという分野を開拓した人。「おなかほっぺおしり」は本棚にあったような

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弘前城、弘前公園の花筏、はなびらの絨毯(市のHPより)


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by hiyoriya1410 | 2016-05-10 14:00 | 身辺雑感 | Comments(0)
2016年 03月 02日

『おいしいもののまわり』の美しさ

料理とは命をつくる仕事である。ゆえに、料理はつくる人が主役でなければならない。つくる人は、料理の背景にある大自然、その土地の風土に育まれた食材を生かし、歴史的事件に影響されながらも、もっとも最善の調理法を見い出してきた。土産土法をもって、民族の命を健全につないできたのだ。〜
料理することはすでに愛している。食べる人はすでに愛されている。それを当たり前のことと信じて疑わない。そうして、料理をつくる人が食文化を担っている。

〜真のおいしさとは、舌先で味わうのではない、肉体が感じる心地良さ、ひとつ一つの細胞が喜ぶものなのだ。




「おいしいもののまわり」の"はじめに"に書かれている文章から一部を抜粋。
表紙の帯には、
おいしいものは美しい。
日本の「お料理する」「食べる」を知る、32の話。

装丁や本文のレイアウト、写真などどこか懐かしい雰囲気で、
読んで不思議とすっきりしたのです。
凛とした佇まいが全体に感じられる本、美しいです。
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白いエプロン、より

土井先生といえば、[きょうの料理]でおなじみです。
後藤アナウンサーとの絶妙な掛け合い、親しみやすい関西弁で、
さりげなく料理のあれこれを語ってくれる。
この本は「おかずのクッキング」の連載をまとめなおしたもの。
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お茶をいただく「お湯のみ」の話、より

お茶碗のごはんをよごしてはいけない、
は番組で聞いたのか、本で読んだのか、妙に得心したのです。
そんな、お米やごはんにまつわるお話もあります。
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包丁するという調理法

冷めたごはんのごはんのおいしさを教えてくれたのも土井先生です。
〜おひつ ご飯のおいしさ考、お料理の温度のむずかしさ〜に書かれています。
あっ、便利な洗い米も、です。
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目次

内容は、以下のとおり〜Amazonより
台所のお布巾/計量とレシピと感性と/お料理をする箸/玉じゃくし/味をみること・味見皿/パイ缶・保存容器/おひつ ご飯のおいしさ考/季節を感じること、信じること/水を料理する/混ぜ合わせる/洗いものから学んだこと/食の場の区別/茶碗の感性/日本のだし汁/海苔の香り、胡麻の香り/包丁するという調理法/大根の一年/日本のお米 日本のご飯/お料理の姿 人の姿 など

この本で、ますます土井善晴さんのファンにlなりました。

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#695 3月になっての猛吹雪にはびっくり。空気が洗われるようで気持ちイイ


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by hiyoriya1410 | 2016-03-02 23:57 | 食のまわり | Comments(0)